参院選 京都選挙区候補 日本共産党

活動ブログ

報告集会での決意表明

2016.08.10

7月11日に行なわれた報告集会での決意表明です。

参議院選挙では、21万1663票を獲得しましたが、現職の2人には及ばず、残念な結果となりました。投票率も50%台と大きく伸びることはなく、多くの方に一票を投じるという行為に向かわせることができなかったのは、ひとえに私の力量が足りなかったというしかありません。

「おおかわらとしたか」という、長くて覚えにくい名前を書いていただいて、その一票を投じていただいた有権者の皆さんや、一緒に選挙戦をたたかってくれた皆さんには感謝の思いと、その期待に応えられず、大変申し訳ない思いです。本当にありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。

今回の選挙結果は厳しいものとして受け止めなければなりません。とても悔しい結果です。この結果を受け止めて、次に活かしていかなければなりません。
私たち弁護士は、人権を守るため、たとえ勝つのが難しくても裁判を起こさなければならないとき「私たちは負けない。勝つまで闘い続けるからだ。」と決意して、原告や支援者とともに裁判に立ち上がります。
この思いは、沖縄の「不屈」のたたかいにも通じるものです。
私の弁護士生活を思い返しても、中国残留孤児訴訟の大阪地裁判決や、建設アスベスト訴訟の横浜地裁判決など、全国で最初にもらった判決は、こっぴどい負け判決でした。しかし、そこから立ち上がって戦略を練り直し、前進してきたのです。
アスベスト訴訟は、横浜判決につづく東京判決で国の責任を認めさせ、福岡判決、大阪判決と国の責任を認めさせる流れを続けていったその先に、国の責任に加えて、企業の責任を認めさせた京都判決が出されたというように、前進してきました。

また、私たちが裁判に立ち上がるとき、裁判だけで勝つのではない、多くの市民の皆さんとともにすすめる運動全体で勝つ、要求を実現するということで臨みます。
私は、今回の選挙戦を通じて、選挙も一緒だなと感じました。多くの市民の皆さんと一緒に選挙をたたかい、選挙も含めた運動全体で要求を実現させていく、その先に、政治を変える道があるのだということを学び、確信しました。

これまで皆さんが歴史的に培ってきた、こういった闘いに学び、また今日から、皆さんと一緒にたたかって行きたいと思います。
今回、21万1663人の皆さんのお一人お一人から寄せていただいた期待、一緒に選挙をたたかってくれた皆さんの期待に応えていけるように、これからも堂々と、政治を変える道、進んでいこうではありませんか。よろしくお願いします。

最後に、この選挙戦の最中、7月7日にうちの二男が10歳の誕生日を迎えました。お祝いはまだこれからなのですが、その二男が将来の夢として、プロ野球選手か、サッカー選手か、参議院の候補者もいいということを話してくれました。子どもの目から見て、いきいきと元気に候補者活動をしてこれたのだと思いました。この選挙戦を支えていただいた全ての皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

大河原としたか候補 最後の訴え

2016.07.09

市民一人ひとりの力が試されてる/岡野八代・同志社大学教授

2016.07.08

岡野八代さん(同志社大学教授、安保関連法に反対する学者の会、関西市民連合)
「比例は日本共産党、京都選挙区は大河原としたかに1票を」とメッセージをいただきました。
(2016年7月7日)

安倍政権NO!野党共闘YES!「だから共産党」の声がひろがっています

2016.07.02


※印刷・配布はできません。

7.10京の選択 日本共産党 9条守る弁護士を国会へ

2016.07.02


【お知らせ】政見放送の日程です

2016.06.29

大河原としたか候補の公示日第一声

2016.06.22

国民の命と平和に尽くす政治を実現したい

2016.06.19

2016年6月18日、市民連合@京都「選挙へ行こうよ街宣」での訴えです。

いのちより大企業のもうけを優先する政治を根本から変える

2016.06.10

行くぞ!国会 大河原としたか

2016.06.09


弁護士 大河原としたか 学生生活を変える4つの提案

2016.04.12

アスベスト被害者の声

2016.03.15

本日(3月15日)、市田忠義参議院議員がアスベスト被害の調査に来られました。
私も、市田さんの調査に同行し、先日の京都地裁勝訴判決の説明なども行いました。

被害者の声を国会に届けたい、という市田さんの思いを受けて、京都地裁判決前に被害者・家族・遺族の方々が綴った文章をいただきました。
その一部を紹介します。

「夫は中皮腫を発症する1週間前は元気で働いておりました。入院してたった8か月で他界しました。『正直者が馬鹿を見るんやな』と苦しい息の中で呟いた事を、夫の無念さを昨日の様に思い出します。」

「夫は、健康診断で『肺ガン』と言われ、医師から『手術をすれば山登りも出来るようになります』と言われ手術しましたが、発症からわずか2年、64歳の若さで他界しました。本人もまさか自分が死に至るとは思ってもいなかったと思います。
生前、夫は、自分の仕事には定年がないからとはりきっておりました。私はあんなに元気だった夫が亡くなったことがいまだに信じられません。アスベストが憎いです。」

「夜中、せきがひどく続く時は、救急車を呼んで病院に行かなくてはいけないのかと思う時もあり、あまり静かな時、静かになると大丈夫かと顔をのぞき込んだり、本人もしんどくて眠れない日もありますが、家族も心配と不安で眠れず、精神的に疲れ切ってしまう日もあります。」

「私は事業主であり、約15年前に職人が肺がんで亡くなり、現在肺がんを患っている者もおります。事業主であったことを考えると責任を感じ、心苦しく思っております。
私も肺の病気を発症し、職人には何の保証もできず、私自身事業を続ける事もできなかったので大変悔しく思っております。」

「鉄道好きだった夫は、(肺がんを発症し、左肺をすべて切除したため)遠方の旅行は無理でも来春(2016年春)に京都梅小路に誕生する『鉄道博物館』へ行くのをとても楽しみにしていましたのに、この(2015年)6月に本当にあっけなく亡くなりました。」

「主人は教師になる夢をもって勉学に励んでおりましたが、60歳を過ぎた父親から『左官屋を継いでくれんのか』と言われ、教師の道を諦め左官屋になりました。本意ではなかった仕事でしたが、必死で働きました。結果アスベストに侵され77歳で亡くなりました。
主人の父は100歳、母は95歳と長生きしたから、『僕も長生きするやろうし、あんたの世話してあげるで』とよく言ってくれましたが、叶いませんでした。」

「亡くなる時、声も発せなかった父。家族に何も告げられず、私も何も最期の言葉を聞いてあげられなかったことが無念でなりません。」

「こういう別れ方をするとは、主人も私も思ってませんでした。これからのんびり残りの人生を過ごそうと思ってたもので、何とも言葉に表す事ができないほどです。一家の大黒柱を亡くして一人になりました。本当に心細い毎日を送ってます。
主人は『何人亡くなったら、国は認めてくれるんや』と、よく訴えていました。」

「5年前に右肺にガンが見つかりました。抗がん剤と放射線による治療を受け、肺炎も2回起こし、今は片肺状態で、すぐに酸欠状態になり重労働はできません。患った以上、私は覚悟はできていますが、残される妻がふびんに思います。(私たちには子どもがいないのです。)」

市田さんには、この声をぜひ国会へ届けていただきたいと思います。
そして、私も、この声を国会へ届けられる議員になりたい、ならなければ、との思いを改めて強くしました。

味噌をつくる

2016.03.14

忙しさもあって、遅くなっていた味噌づくりを先週末に行いました。

農民連の産直大豆、味噌やさんで入手した米こうじ(生麹)、塩でつくりますが、初日は、大豆を洗って水に浸したところで終わりです。

大豆2キロを水で戻して茹でますので、我が家の一番大きい鍋と二番目に大きい鍋にフル稼働していただくことになります。

 

 

一晩経って、大豆も戻ったところで火にかけます。

すると、アクだらけ。
アクとの闘いです。

ひとしきりアクと闘ったところで、保温性のある鍋にあとは任せて、私は倉林明子参議院議員と一緒に南山城村へ。

3月22日告示、27日投票の南山城村議選に立候補される鈴木かほるさん、さいとう和憲さんの応援に行ってきました。

 

 

帰宅後、保温性の鍋で1日加熱された大豆です。

このうちの一部は、ビニール袋に入れられて、子どもたちが足踏み。

その隣で父は、文明の利器、フードプロセッサーを使う…

できあがりは、足で踏んだものの方が、適当に豆の粒が残りつつ搗いた感じが出ていいです。

ただ、足で踏んでいると最後にはビニール袋が破れてくるというオマケもついてきます。

豆をつぶした後は、米こうじと塩を混ぜてコネコネ。

最後は、味噌だんごをつくって、容器へペッチンペッチン。

この辺は子どもたちの仕事です。周囲には豆とこうじが散乱…片付けは親の仕事です…

空気が入らないように十分に押しつけて、表面にもカビよけの塩を薄くまぶして、袋を閉じ、重しをかけたら床下へ。

年末頃には、おいしい味噌になっているでしょう。

 

大津地裁が高浜原発3・4号機の運転を停止させる仮処分決定を下しました

2016.03.09

3月9日、大津地裁は高浜原発3・4号機の運転を停止させる仮処分決定を下しました。

実は、大津地裁は、従前、同種事件において、福島第一原発事故を踏まえれば、高浜原発が安易に再稼働するとは考えられないという趣旨で仮処分申立を却下していました。
今回は、実際に再稼働したもとで、改めて運転停止の決定が下されました。

大津地裁は、「福島第一原子力発電所事故によって我が国にもたらされた災禍は、甚大であり、原子力発電所の持つ危険性が具体化した。」
「その環境破壊の及ぶ範囲は我が国を越えてしまう可能性さえあるのであって、単に発電の効率性をもって、これらの甚大な惨禍と引換えにすべき事情であるとはいい難い」として、原発の危険性を正面から認めました。

さらに、「福島第一原子力発電所事故の原因究明は、建屋内での調査が進んでおらず、今なお道半ば」であるとして、
「その惨禍の甚大さに真摯に向き合い、二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには、原因究明を徹底的に行うことが不可欠」であるとし、
「この点に意を払わないのであれば」「そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安を覚える」と、国と関西電力の姿勢を批判しました。

そして、各自治体で問題になっている避難計画についても、
「地方公共団体個々によるよりは、国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、
それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生しているといってもよいのではないだろうか」と、
再稼働にあたって、実効性のある避難計画策定の必要性についても言及しました。

京都府内の各自治体でも避難計画がつくられていますが、それが本当に住民のいのちや健康を守れるものなのか、疑問と不安の声が上がっています。
実効性のある避難計画をつくること自体にも疑問の目が向けられています。

今こそ、原発ゼロ、脱原発へと転換するときです。

「大河原としたかのめざすもの」を発表しました

2016.03.08

この度、参議院選挙に臨むにあたって、私の基本姿勢である「大河原としたかのめざすもの」を発表いたしました。

その中で、まず第一に、「働く人が人間らしく生きられる社会の実現を目指します」として、

① 労働者派遣法を抜本的に見直し、また、有期雇用を制限するなど、正社員が当たり前の社会を目指します。「残業代ゼロ」につながる労働基準法の改悪を許さず、労働時間上限規制やインターバル規制などを設け、長時間労働を解消します。ブラック企業・ブラックバイトを一掃します。

② 最低賃金はただちに1000円に引き上げ、さらに1500円まで引き上げることを目指します。地域の雇用をになう中小企業に対しては、労働者雇用に対する負担の減免や助成の措置を実施します。

③ 公契約法の制定により、公共事業に携わる建設労働者や、保育・介護など福祉公共サービスをになう労働者などに、適正な賃金を保証します。農産物の価格保証などにより、農業従事者に適正な収入を保証します。

このことを掲げました。

 

私は、13年間弁護士として、権利を奪われ、生活に苦しむ人びとのために活動する中で、今、この国は、普通に働いて普通に生活することがとても難しくなっていると感じてきました。そして、労働者派遣法や残業代ゼロ法案など、労働法制の改悪は、働く人びとの権利も暮らしもさらに破壊し尽くそうとしています。

また、この間、様々な現場を訪問して、建設現場では何重もの請負の中で工賃が切り下げられる、農業の現場では米を作っていても赤字になるだけ、保育や介護の現場では賃金が低くて人が集まらない、こういった実態も目の辺りにしてきました。

普通に働いて普通に生活する、この当たり前のことが、大企業の利益優先の政治によって切り崩されています。

夏の参議院選挙で、私は、この当たり前のことを取り戻したい。そのために、この政治を変えていきたいと思っています。

最高裁判所の思い出

2016.03.03

先日、最高裁判所は、認知症患者が列車にひかれた事故について、鉄道会社から患者家族に対して損害賠償が請求された事件で、家族の状況も踏まえた上で、鉄道会社からの請求を棄却しました。
最高裁判決が出ればもちろんニュースになるわけですが、実は、弁護士をしていても、最高裁判所に行くことや、最高裁が自ら判断した判決をもらうことはほとんどありません。

というのは、民事訴訟法312条、318条で、憲法違反、憲法解釈の誤り、最高裁判例違反、法令解釈に関する重要な事項を含む場合など、そもそも最高裁が事件を取り扱う場合というのが極めて限定されているためです。これに当てはまらない場合は、最高裁から上告棄却・上告を受理しないという決定(三行半などと言われます)が返ってくるだけで終わります。

さらに、最高裁判所で弁論(法廷)が開かれる場合というのは、その前提となる高裁判決が覆されるケースがほとんどですので、最高裁判所で弁論する機会というのは弁護士をしていてもほとんどないのです。
逆に言うと、最高裁が弁論を開くということは、それは事実上、高裁判決を覆すことを意味します。ですので、高裁で勝訴(敗訴)している事件で、最高裁が弁論を開くという通知が来るということは逆転敗訴(勝訴)ほぼ確定ということを意味しています。
例外は、高裁段階で判断が分かれており、原告と被告双方からの上告を受理しているケースです。最近では、泉南アスベスト最高裁判決がそうでした。大阪府の泉南地域のアスベスト工場で働いていた労働者がアスベスト粉じんを吸って受けた被害の賠償を求めた事件でしたが、同じ大阪高裁で、第一次訴訟(原告敗訴)と第二次訴訟(原告勝訴)で結論が分かれました。原告と被告国が双方上告し、最高裁は双方の上告を受理して弁論を開いたため、最後まで結論が分かりませんでした。最終的には原告勝訴となりましたが、建設アスベスト訴訟にも影響する判決だっただけに、弁護団員ではなかった私もドキドキしながら最高裁判決の日を迎えました。

さて、私の13年あまりの弁護士生活の中で、一度だけ、最高裁で弁論したことがあります。京都市の小中学校教員の皆さんが超過勤務の是正を求めて裁判を起こした事件です。
この事件は、京都地裁、大阪高裁と続けて一部勝訴していたので、最高裁から私宛に電話があって、「京都市(相手方)からの上告を受理して弁論を開く」と言われた瞬間、文字通りガックリしたことをよく覚えています。
そうは言っても、まだ判決が出たわけではありませんので、最善を尽くして、一部勝訴したうちの一部でも勝ち取ろうと最高裁弁論に向けて弁護団会議を連日開いたりもしました。

最高裁での弁論を迎えるにあたっては、その持ち方をめぐっても一悶着ありました。
まず、最高裁から、法廷内(傍聴席は別)に入れる代理人は5人までと言われました。弁護団は7人いたので、7人とも弁論しますので法廷内に入れるように、とやりとりして、本来5席しかないところに控え用の椅子を2つ入れさせて、7人入れるようにしました。
次に、最高裁から、裏門から入るようにと言われました。わざわざ立派な正門を設けてんのに、なんで裏から入らなあかんのや、と言ったところ、代理人弁護士については正門から入ってよいことになりました。原告や支援の傍聴者も含めて正門から入れるように言ったのですが、それは認められませんでした。そのとき、修習生も1人一緒に来ていたのですが、その修習生は、正門から入った後、裏門から入った傍聴の方が通っている金属探知機を通らされていました。

そうこうして、2011年6月21日、最高裁での弁論を迎えることとなりました。
初めて入った最高裁の小法廷(第三小法廷)でしたが、いつもの法廷(地裁・高裁)よりも裁判官の席がずいぶん高いところにあるなあ、というのが真っ先に思ったことでした。弁論自体は1時間弱ほどで、あっという間に終わってしまいました。

関西建設アスベスト訴訟 京都地裁判決の意義

2016.03.01

関西建設アスベスト訴訟京都地裁判決

去る1月29日、関西建設アスベスト京都訴訟において、国の責任に加えて建材メーカーの責任を認める画期的な判決が下されました。
全国で闘われている建設アスベスト訴訟の中で、東京、福岡、大阪に続き、国の責任を認める4度目の判決となり、国の責任を決定づける判決となるとともに、初めて建材メーカーの責任を認める判決となりました。

これまで、被害者の方々は、建材由来のアスベストによって肺がんや中皮腫などの重篤な被害を受けたことは明らかであったにもかかわらず、どのメーカーの建材によって被害を受けたか特定できないという理由だけで、メーカーの責任が認められてきませんでした。
そもそも、建設労働者の皆さんは、多数の現場を行き来し、様々な職種の方々が様々な建材を扱う現場で作業しますので、どのメーカーの建材から被害を受けたかを特定するのは困難です。
さらに、アスベストを吸ってから発症するまで20年から40年程度という長い潜伏期間があるため、建材の特定はさらに困難になります。
しかしながら、特定が困難だからと言って、アスベスト含有建材を製造販売して多額の利益を上げてきた建材メーカーが何らの責任を負わないような「逃げ得」は許されません。
京都地裁判決は、このことを正面から受け止めて、建材メーカーの責任を認めたのです。

アスベストの被害は深刻です。京都訴訟でも、被害者26名中、すでに16名が亡くなられました。
志半ばで倒れられた原告の方々を思うと、無念の思いが募ります。「命あるうちの解決を」という原告の皆さんの思いを実現させるためにも一刻も早い解決が求められています。

今回、京都地裁判決が建材メーカーの責任を認めたことで、危険なアスベスト建材を製造販売して利益を上げた建材メーカーにも相応の拠出をさせて「建設作業従事者にかかる石綿被害者補償基金制度」を創設することに大きな道を開きました。
一方で、京都地裁判決で責任が認められた国も建材メーカーも控訴したため、裁判闘争は大阪高裁に移ることとなりました。
一刻も早く、アスベスト被害の早期全面救済に向けた政治解決と、解体や改修の際のアスベスト粉じん被害を完全に防止するための対策が求められています。今こそ政治がその役割を果たすときです。
京都地裁判決が獲得できたのは、京都地裁に60万筆もの署名を積み上げた、京建労をはじめとする全建総連の皆さんの運動や、全国からいただいた大きなご支援の力によるものです。
参議院選挙に勝利して国会に行き、皆さんと力を合わせて救済制度の創設、被害対策の実現のために頑張ります。

パパ・ママ トークカフェ in 大山崎

2016.02.16

 2月13日、大山崎町で行われたパパ・ママとのトークカフェがあり、憲法だけではなく、子育てのことも話題になりました。

私の長男は、970グラムほどで生まれてきました。
生まれてきました、というよりは、母体から胎児への栄養がうまく渡らない状態になり、予定日よりも2ヶ月半ほど前でしたが、第一日赤の周産期母子医療センターに救急搬送され、帝王切開で取り出すことになったのです。
そのため、生まれてから本来の予定日ごろまでの2ヶ月半ほどは、第一日赤のNICUにお世話になりました。未熟児網膜症などの可能性もありましたが、障害もなく無事健やかに育っており、第一日赤のスタッフの皆さんには感謝の言葉もありません。

3年前、倉林明子さんが参議院選挙に立候補されて、倉林さんが最初に京都府会議員補欠選挙に立候補されたときには、京都府の新生児死亡率の高さが問題になっていたことを知りました。
倉林さんが、府議補欠選挙に当選されて、そのことを議会で取り上げたことで、京都府立医大病院と第一日赤の2カ所にまず、周産期母子医療センターができました。
長男の命は、政治の力で救われたのだと思いました。

また、そういえば長男が生まれるときも、救急搬送先は府立医大病院か第一日赤のどちらかで、第一日赤に空きがあったから第一日赤になったと言われたなあ、と思い出したりもしました。

アスベストのように政治の怠慢が命を奪うこともあれば、長男のように政治が命を救うこともある。
政治の役割は重大です。

また、トークカフェでは、子どもが生まれたあとの育児の話にもなりました。
現在も含めて、妻におんぶにだっこ状態になっており「妻に対する感謝を目に見えるかたちで表すこと」を忘れないようにしています。

安保関連法に反対するママの会@京都のみなさんと

2016.02.12

2月11日は、安保関連法に反対するママの会@京都の皆さんとの懇談会。

私からは、安保法制(戦争法)が3月に施行されると、アフリカ・南スーダンでの「駆けつけ警護」や、IS空爆への兵站支援が問題になってくることと、これらの活動はいずれも、いわゆる「集団的自衛権」として行われるものではないことを指摘させていただきました。

つまり、南スーダンでの「駆けつけ警護」は、安保法制(11本の新設・改正法)の中で言うと、PKO協力法の改正で可能になる活動。
IS空爆への兵站支援は国際平和支援法の制定で可能になる活動。
どちらも、集団的自衛権の行使を可能にする、武力攻撃事態法の改正の問題ではありません。

ですので、安保法制(戦争法)のうち「集団的自衛権の行使」の部分だけを一部修正するだけでは、これらの活動への参加は止められないのです。
安保法制(戦争法)を全体として廃止することが必要だということをお話しさせていただきました。

また、先日の建設アスベスト訴訟京都地裁判決にも触れて、アスベスト被害の深刻さと、参院選立候補を決意したときの思いもお話ししました。

ママの会の皆さんからは、本当に忌憚ない意見が出されました。

ポスターや「大河原としたか物語」の写真と見比べて、髪は長い方がいい、とのこと。のばしておいてよかった。
もっと太って欲しい、胸板とか。
選挙では夢を見せることが大切、共産党は見せ方がヘタ。
男気が足りない。
スーツだけでなくてアウトドアのイメージも。

もちろん中身の話も出ました。

経済での対案を示さなければ。
軍事費の推移や、安保法制でどれだけ軍事予算が増えることになるのか示してほしい。Xバンドレーダー基地関連の予算もわかりやすく知らせてほしい。
小選挙区制はダメ、中選挙区に戻さなければ。

あっという間の懇談会でした。
ママの会@京都の皆さん、ありがとうございました。

 

2016年は選挙の年

2016.02.05

 2016年は、7月の参議院選挙はもちろんのこと、京都府内で、議員選挙があります。

 皮切りは、なんと言っても京都市長選挙。八幡市長選と市議補選。3月に南山城村議員選挙、4月に京丹後市長選と市議選、6月に福知山市長選、参院選を終えた秋には、笠置町議選、宇治田原町議選、宇治市長選・・・

 新しい年になってあっという間に、1か月が過ぎました。

 参院選勝利にむけて、様々な集会にごあいさつに伺いながら、地方選挙の候補者の皆さんのところで、一緒に街頭宣伝をしたり、と駆け巡っています。

 そんな中でも、この間の一番の喜びは、アスベスト京都訴訟でも勝利判決を受けたことです。これまでの各地の判決でも、国の責任については裁判所は認めていましたが、建材メーカーについては、厳しいものでした。しかし、1月29日の京都訴訟の判決は、建材メーカーについても責任があることを認断罪しました。弁護団長の村山弁護士は、この判決が、「1歩も2歩も、5歩も6歩も進んだ」ものだと、報告されました。
 「原告らを代表にした京建労全体の裁判闘争だった、この勝利は、本当に大きい。」と、報告集会で報告され、京建労の皆さんとで喜び合いました。

そして、今、京都市長選挙のまっただ中。この選挙に本田さんが勝利することは、戦争法を廃止し、集団的自衛権の閣議決定を撤回する「国民連合政府」を誕生させる上で、大きな力になります。本田さんへの期待が大きくなっていることが日に日に感じられます。頑張りましょう。

写真は、活動の一端です。

(スタッフ)

福島へ

2015.12.30

12月26日、27日

12月の最後は、福島は、南相馬へ。

南相馬へは、京都から、20次に渡って、支援に行っている場所。南相馬市は、小高区、原町区、鹿島区と3つの行政区があり、それぞれ福島第一原発から10km、20km、30kmと離れていることから、様々な矛盾を抱えています。

住民の皆さん、南相馬市はじめ、相馬市、新地町などの議員さんも参加いただいた交流会では、京都から参加した本庄府議、玉本京都市議、小杉舞鶴市議、石塚舞鶴市議、宮嶋木津川市議、長林宮津市議らも、発言し、有意義な交流ができました。

「原発誘致したら、町がなくなるんだ。」と言って、迫らねば、との発言には、だれもが、そうだそうだと、納得していました。原発はいらない、この声も、やっぱり、倉林議員と共に国会にとどけないと、強く感じました。

夜の牛越仮設住宅の集会所でも、交流会は、これまでの旧交を温めあう、機会となりました。看板は、地元の党の方が、歓迎の意味で、作って下さいました。なかなかの力作・・・スゴイ!

(スタッフ)

立憲主義を考えるシンポジウム、口丹地域の街頭宣伝、3つのつどい

2015.12.30

12月11日

京都大学時計台ホールで開かれた「立憲主義を考えるシンポジウム」に、参加しました。志位党委員長の講演のあと、君島東彦・立命館大教授、曽我部真裕・京都大学教授、岡野八代・同志社大学教授らのスピーチを受け、4人の皆さんの学術的議論は、参加者に感銘を与えました。また、このシンポジウムを開くために多大な努力を払っていただいた高山佳奈子・京大教授には、心から感謝したいと思います。

12月12日

1週間後に予定している日吉町生涯学習センターでの演説会への呼びかけもかねて、亀岡市内5カ所、南丹市内4カ所、京丹波町1カ所の計10カ所で、各市町の議員さんたちと一緒に街頭宣伝をしました。

12月13日

保育所の保育士さんたちのつどい、戦争法廃止をめざす花園連絡会・結成のつどい、民青東地区主催の青年企画に、と駆け回りました。

保育士さんたちのつどいはでは、「国民連合政府」の提案のお話が主な目的でしたが、保育士さんたちからは、次々と保育現場の大変さが具体的に話され、学ぶことが多いつどいでした。花園連絡会のみなさんは、2000万人署名をあつめようと提起され、励まされました。夜の青年企画では、池内さおり衆院議員が、ご自分の民青と党との出会いから、議員活動へと多岐にわたる訴えをされ、戦争法廃止の訴えをしました。東地区の取り組みは、いつもたくさんの若い人たちが来られているので、頑張り甲斐のあるつどいです。なにせ、どこに行っても自分が一番若いことが多いのですが、青年の企画は、自分はお兄さん、みたいな感じになるからです。

(スタッフ)

 

辺野古、伊波さん、参院候補者さん、シムラさん

2015.12.10

12月9日

北谷町議の中村重一さんの案内で、ぎっしり詰まったスケジュールをこなしました。

まずは、辺野古の工事ゲート前の座り込みから。ここでは、「いらんちや米軍基地!」のウインドブレーカーを着て、参加、「京都からと」紹介を受け、スピーチしました。

当初、海上調査を予定していましたが、海が荒れていたので、船に乗れず、元灯台があった展望台から、見学。NHKの記者さんが、ずっと海に向けてカメラを回していました。聞くと、毎日、来ているそうです。

再度、海岸にもどって、辺野古の海側の座り込みテント村へ。長い闘いの片鱗をみせていただきました。

午後は、京都市長選挙の直前に闘われる宜野湾市長選挙のシムラ恵一郎さんの事務所で、伊波洋一さんとお話しました。辺野古新基地建設の危険性、普天間飛行場の返還合意が未だ実現されていない問題や、さらには京丹後のXバンドレーダー基地のことにもすすみました。伊波さんのお話は、大いに励まされました。オール沖縄の共同に学び、大きな共同で闘わねば。

嘉手納基地の前にある「道の駅かでな」から、基地から飛び立つ戦闘機やヘリの轟音を体験。ここで、比例候補の春名さん、いわぶちさん、武田さん、伊勢田さんらも合流。普天間飛行場を見下ろせる高台にもご一緒しました。

夜、シムラ市長候補の「必勝!総決起大会」に参加。沖縄の選挙の盛り上がりを体験。翁長知事もかけつけ、翁長知事を県民の皆さんが、どれほど信頼しているのかが肌で感じられました。

朝7時15分にホテルを出発し、夜8時40分のホテルに到着し、まるで、選挙本番の宣伝カースケジュールのような一日でした。

(スケジュール)

 

 

 

 

沖縄に来ました。

2015.12.08

12月8日

10月の「いらんちやフェスティバル」に沖縄の赤嶺衆院議員に京都に来てもらったこと、それは、大きな京都への力でした。自由法曹団の弁護士しとしては、様々な局面で沖縄に来ていましたが、参院候補者として、やっぱり沖縄にきて、基地の現状を見ること、今、ホットでたたかうシムラ宜野湾市長候補に会いに行こう、辺野古にも行きたい、と、とうとう今日、沖縄に来ました。

沖縄に着いたのは、日暮れ時。・・・(京都では、もう、暗くなっている時間帯です)

メンバーは、府会議員団の事務局のMさん、京都民報の記者さん、国政事務所からは、沖縄の選挙にはずっと支援に来ているKさん、そして、京都の米軍レーダー基地反対の運動をひるむことなくこつこつとたたかうMさんとスタッフの6人。みんなそれぞれ思いをこめて、沖縄に着きました。まず、日本共産党沖縄現委員会に表敬訪問。宿から、歩いていける距離で、目の前に「戦争法廃止の国民連合政府を」の垂れ幕は、みんな、それぞれに感慨がありました。感動的です。(写真は見にくいですが・・・日が暮れてしまって・・・)

沖縄県委員会では、鶴淵県委員長代理と懇談し、沖縄の「オール沖縄」の前進状況をお聞きして、また、一歩学びました。

明日は、辺野古、海、集会、など、盛りだくさん。でも、期待でワクワク・・・

(スタッフ)

 

 

 

 

北・上京もみじまつり、乙訓・女性のつどい、下京・市長選勝利のための女性のつどい

2015.11.23

11月22日

昼ちょうど、「北区・上京区もみじまつり」へ、その後、乙訓女性のつどいと下京・市長選今日勝利の女性のつどいで訴えました。

北・上京もみじまつり。天気も上々。船岡山公園は、どのお店も大盛況。舞台では、本田市長候補のトーク中でした。売店の皆さんにあいさつしていくと、たくさんの皆さんから声をかけていただきました。青年のブースで、懇談。若者の皆さんの質問に一問一答。民青や党に入ったときの経緯を話したら、皆さんに大うけ!! 中央舞台では、この間訴えている内容に、交流で深まった中身も含めて訴えたところ、演説、うまくなった、ええで、とお褒めの言葉ももらいました。ちょっと、うれしいなぁ。こくた衆院議員と一緒のトーク(質疑応答)は、今の情勢を反映したいい質問がでて、タイムリーなトークになりました。

時間に追われて乙訓へ。ここで、渋滞にはまってしまい、乙訓女性のつどいに、遅れてしまいました。ここでも、会場いっぱいの先輩女性の皆さん。戦争法の話から、妻とのなれそめまで、いろいろ質問され、誠実におこたえしました。

その後、下京に戻って、市長選勝利のための女性のつどい。ここでも、会場いっぱい。戦争法廃止への2000万人署名への協力訴えと市長選勝利に向け、今の市長さんとの関わりから、やっぱり、市民のいのちやくらしを大事に思う市長を実現しようと呼びかけました。

(スタッフ)

 

 

憲法会議秋のつどいと西の青年・緊急企画

2015.11.23

11月21日

午後、京都憲法会議の「秋のつどい」では、司会をしました。夜は、西の青年・緊急企画で憲法のお話をしました。

京都憲法会議の秋のつどいは、こどもみらい館で開催しましたが、会場いっぱいになりました。憲法会議の集会の常連さんのほか、今回の講師・山室信一・京都大学人文科学研究所教授のお話を聞きに来て下さった新しい方など、嬉しい限りです。

また、5人の方のリレートークは、憲法を守ろうと活動されている人達の層の厚さを感じることができたのではないでしょうか。

京都市職労の副委員長さん、龍谷大学9条の会の学生さん、ママの会の西郷さん(今回は、お子さんもご一緒でした)、学者の会の高山先生、京大有志の会の岡田先生。皆さんの訴えは、それぞれの分野での活動紹介にとどまらず、力を合わせることのおおきな激励になったのではないでしょうか。

夜の西の青年・緊急企画「憲法を護れ!」では、立憲主義とは何かから、お話を進めたところ、自分たちが主権者であり、憲法が権力を縛るものであることから、ヘイトスピーチの考え方も整理してお話しました。西の青年の皆さんは、カウンター活動にも参加されている人もおられたようで、共感してもらえたようです。この集まりには、正面から、党や民青の仲間になってほしいと訴えました。後で、お仲間ができたことを聞いて、とても嬉しかったです。

(スタッフ)

 

 

 

憲法スピーチ、JCP京都★女性講座、マルイ前街頭宣伝、レッドアクション

2015.11.20

11月19日

9月19日に、国民の声を聞かずに強行成立させた戦争法。この日を決して忘れない。その決意から、毎月19日に、様々な行動が、起こされています。

強行成立から2か月のこの日。全部、それにつながる活動でした。

昼、「憲法スピーチ」。

午後、JCP京都★女性講座で、「国民連合政府」についての学習会の講師。

夕方、日本共産党京都府委員会が、「2000万人署名」の取り組みのスタート宣伝で、倉林議員と一緒に、四条河原町マルイ前で、訴えました。

そして、夜、京都市役所前での街頭演説会の参加し、デモが始まる直前、三条河原町で「おんなたちのレッドアクション」に合流して、訴えた後、四条河原町までデモしました。

市役所前から四条河原町を2往復してました。

「戦争法は廃止」、「戦争したがる首相はいらない」コールもリズミカルでした。

(スタッフ)

 

 

民主市政の会・11・18右京区のつどい

2015.11.20

11月18日

先日の南区のつどいに続いて、右京区のつどいで、「本田・憲法市長」を実現しようと訴えました。

右京区に住んでいろいろな活動されている皆さんが、ご自分達の願いを持ち寄って、一生懸命訴えておられました。丁寧でこころのこもったつどいでした。

憲法市長の実現を訴えて、今の市長さんが、市民の声を聞かない事実を、裁判でかかわったことでお話すると、笑いがでたり、拍手を何度もいただいて、励まされました。

(スタッフ)

参院選候補者会議がありました。

2015.11.20

11月17日

日本共産党中央委員会で開かれた「参院選候補者会議」に参加しました。

この会議で、山下書記局長は、「参院選は『国民連合政府』という政府の提唱をし、一致する野党で選挙協力を行うことを提唱して初めてたたかう国政選挙です。党全体が初めてのことに挑戦する選挙でもあります。その最前線でたたかう候補者の皆さんと党中央が心を合わせて道を切り開く選挙にしましょう」と訴えられました。

候補者発表から10か月立ちましたが、気持ちを新たに来年の夏の勝利めざして頑張ります。

(スタッフ)

 

 

京建労65周年ファミリーフェスタと北部大演説会

2015.11.18

11月15日

午前は福知山市三和町で開かれた「京建労65周年ファミリーフェスティバル」でごあいさつ。午後は、小池委員長を迎えて舞鶴市総合文化会館での北部大演説会で、訴えました。

京建労ファミリーフェスティバルは、広い会場いっぱい。府内全域から支部のテントが出され、さすが、京建労でした。体育館で、冒頭に、吉岡委員長の開会あいさつのあと、本田京都市長候補、梶川総評議長のあいさつの後、大門みきし議員とそれぞれあいさつをしました。

あいさつの後、京都民報の新年号用の大門議員との握手の写真も撮りました。乞うご期待。

舞鶴の大演説会では、開会前と閉会後、玄関で、参加いただいたみなさんと握手をさせていただきました。開会前は、一人でしたが、閉会後は、小池副委員長、大門議員も一緒で、玄関がいっぱいになりました。

この後、北部の若者たちで「Minsei-café」が開かれ、小池副委員長、大門議員、山内健中丹地区委員長と4人そろって、若者の皆さんに、自分たちが民青や党に入ったころの話も交えて、お仲間入りしてもらって、政治を変えようと訴えました。

(スタッフ)

洛南キャラバン

2015.11.18

11月14日

午前は久御山町内の訪問活動、午後は2カ所でつどいをしました。

久御山町内の訪問させていただいた皆さんから、こもごも「国民連合政府」提案について、賛意のご意見をいただきました。たくさんの皆さんのご期待を、実感できました。

宇治市内、羽拍子集会所と城南荘集会所でのつどいでは、「国民連合政府」提案とこの間の日本共産党の国会での躍進が、戦争法のさまざまな運動を大きくしたこと、そして、参議院でも自衛隊の内部文書による国会質疑の説明をして、参加者の皆さんから、なるほどと、大きな拍手もいただきました。

来年の参議院選挙では、京都選挙区の2議席は、何としても憲法を守る2議席を、そして1議席は自民党を追い落として、「大河原としたかを国会へ」送って下さいと、ちょっと力づよく訴えました。

(スタッフ)

南区市長選決起集会

2015.11.18

11月13日

市長選挙勝利に向けて、最初に要請を受けて、南区の市長選決起集会に日本共産党を代表して、本田さん勝利に向けての訴えをさせていただきました。

京都市長さんがだれになるかは、京都市民にとっては、重要です。弁護士の活動のなかで、今の市長さんとの関わりがあって、そのお話をさせていただきました。ちょっと、好評だったようです。もっと、磨きをかけて、本田さんの勝利へ貢献したいと思います。

(スタッフ)

 

民青同盟代表者会議とまつり3カ所とつどい

2015.11.18

11月8日

民青同盟京都府委員会の代表者会議でごあいさつしたと、雨のまつり・・・西京・秋まつり、山科・もみじまつり、東山・あきまつりで、ごあいさつしました。そのあと、西七診療所で、支部と後援会のつどいで、お話しました。

民青の代表者会議では、自分が民青同盟の活動していた時のことも交えて、あいさつしました。共感してもらえたでしょうか。

まつりは、どこも雨に降られましたが、どこも、たくさんの参加者で、盛況でした。特に、山科・もみじまつりは、もう、地域のお祭りとして定着しているようで、参加者が2800人とお聞きして、そのすごさに、感激です。

西京では、「国政コーナー」を設けていただいていて、等身大の自分と出会いました。山科では、倉林議員とドッキング、東山では、恒例の餅つきをして本田久美子・市長候補ともドッキングしました。

西七診療所で開かれた「つどい」では、11月1日付の「しんぶん赤旗」号外を使って、戦争法の中身と「国民連合政府」の提案の説明をしました。立憲主義と言う言葉が、この夏、よく耳にするようになったが、正確なことがわからない、もっと分かり易い説明はないのか、など率直なご意見・質問もだしてもらい、双方向でお話ができました。

(スタッフ)

 

 

 

交通局OB会、右京後援会総会

2015.11.18

11月7日

お昼に交通局OB会・むすび会の総会で、「国民連合政府」提案の学習会でお話し、夜は、右京後援会の総会でごあいさつしました。

むすび会では、いつもお世話をいただいているYさんから、「この会の集まりにきて話をしてもらっている候補者は、倉林さんをはじめみんな選挙に勝っている。大河原さんも、勝ち抜けるように応援しましょう」、と呼び掛けて下さいました。力が湧いてきました。

夜の右京区後援会総会では、春のいっせい地方選挙で初勝利した堀市議やベテランのかみね府議らも参加されていました。来年2月の京都市長選挙での憲法市長の実現を呼びかけ、夏の参議院選挙での憲法を守る議席獲得へのご支援をお願いしました。

(スタッフ)

平和友好団体の皆さんと懇談

2015.11.18

11月6日

平和友好団体の皆さんと「国民連合政府」の提案について、懇談しました。

いつもは、渡辺委員長らが、提案の説明をして懇談を進めるのですが、この日は、提案の説明から、全部をお話する役回りになりました。

友好的に、懇談できたと思います。

(スタッフ)

11・3憲法集会in京都

2015.11.13

11月3日

恒例の憲法集会。

午前中は、憲法集会開催のスタッフとして、会場準備。集会中も、スタッフとして裏方を務めていました。

憲法ウォークは、日本共産党の市議、府議らの皆さんらとパレードしました。山田こうじ市議のハンドマイクなしでのコールに、みんな最後まで、一緒にコール。道行く人が手を振ってくれるし、カメラを向けてくれるし。今年は、だれもが「戦争法」に反対しているんだと、確信になる日となりました。

写真は、憲法集会で訴えるこくた衆院議員、嵯峨大念仏狂言の様子、憲法ウォークの出発前の様子、歩き始めた祇園石段下をバックのもの、四条河原町交差点を横断し始めるところ、です。

(スタッフ)

民主主義って何だ!

2015.11.13

11月1日

朝から、第12回久世秋まつりでごあいさつ。昼は、伏見で演説会、そして夜、長岡京市で「民主主義って何だ! 大河原囲むつどい」を持っていただきました。

長岡京市のつどいは、ちょうど「しんぶん赤旗」号外11月1日号が発行され、「国民連合政府」提案の訴えと共に、国民の願いに背を向けて成立した「安保法制」の問題点などが図式で解説されていて、それを元に訴えました。できたてのほやほやでしたが、これまで、学習会で説明していたものが、新聞になって、皆さんの手元で見てもらえるので、説明しやすかったです。

写真は、伏見での演説会の様子と長岡京市でのつどいの様子と長岡京市議・小原さんが「シール投票」の結果をしめしてくれたものです。

(スタッフ)

 

京都年金者一揆、「学者の会」との懇談

2015.10.16

10月14日

京都年金者一揆で、ごあいさつしました。集まっている皆さんは、いつもどこかでお見かけする人達が多くて、今日も、たくさんの人から、声をかけてもらいました。ボクの訴えに、何度も大きな拍手をもらって、まるで演説会風の反応でした。

その後、日本共産党が提案している「戦争法廃止の国民連合政府」について、「安全保障関連法に反対する学者の会」の高山佳奈子・京都大学法学部教授、永田和宏・京都大学名誉教授、池内了・名古屋大学名誉教授らと、懇談しました。

趣旨説明は、渡辺和俊京都府委員長が、国会での変化・実態の生の様子を倉林明子参議院議員が話し、意見交換がすすみました。

3人の学者の皆さんからそれぞれのご意見や疑問が出されましたが、皆さん率直に、「提案」に前向きに受け止めて下さっているのが、よくわかりました。この間の「戦争法案を廃案に」の運動は、学者の皆さんの粘り強い力強い運動が、国会内外を励ましたことは間違いありません。有意義な懇談が出来ました。

(スタッフ)

乙訓地域の演説会も

2015.10.16

10月11日

日中は、町内会長として、朱八学区民運動会で奮闘し、夜、乙訓地域の演説会で、演説しました。

朱八学区の区民運動会は、朝一番、倉林明子参議院議員が、来賓としてあいさつしているのを、町内会長として、見ていました。倉林さんも、ボクのいることを見てくれてました。競技が始まって、町内会長として町内の皆さんに競技に参加してもらえるように頑張ってました。

夜、倉林さんと一緒に、乙訓の演説会場へ。乙訓の会場にも、聞きに来て下さる方がいっぱいでした。ここでは、京都第一法律事務所の先輩弁護士の奥村一彦先生が、応援弁士を買って出て下さって、ちょっと気恥ずかしかったです。ママの会のKさんの戦争法を廃止するために、頑張りましょうと、訴えてもらったのは、大きな励みになりました。

ボクの訴えにたくさん大きな拍手もらいましたがその後、倉林さんが、あの国会で日本共産党が果たした役割がどんなに大きかったか、そして、次の参院選で、ボクを必ず国会に押し上げ、京都の2議席は全部、憲法を守る議席で独占しようと、訴えてくれました。拍手いっぱい。

ボクの演説を聴きに来て下さっていたボイストレーナーの先生から、いつもダメだしをされるのに、よかったよと、ニコニコ顔で、声をかけてもらいました。やったー!

(スタッフ)

京都南部の2つの演説会

2015.10.16

10月10日

京都南部の山城地域と洛南地域の2カ所の演説会で、演説しました。この日にそなえ、ボイストレーニングや演説原稿を推敲したりと、いろいろ準備もしましたが、無事終了しました。

まず、山城地域では精華町むくのきセンターです。会場いっぱい。訴えているときにちょっとトラブルがあって演台の後から、演台の横に立って話しました。聞きに来て下さる皆さんとの距離が縮まったように思います。なかなか好評で、よかったです。

夜は、洛南地域で宇治市文化センター。ここも、会場いっぱいで、皆さんが、興味津々に聞いて下さっていて、好評でした。

(スタッフ)

 

 

京都民報対談

2015.10.11

10月9日

立候補表明から、「京都民報」さんが、シリーズで対談記事を掲載してくれています。

この日は、今、超売れっ子(と言っていいのか、ごめんなさい)で、超グローバルに有名な「安保関連法に反対するママの会」発起人の西郷南海子さんと対談しました。

矢継ぎ早に、西郷さんから質問をうけ、それに応える大河原弁護士は、そう、ちゃんと応えていましたよ。終始、笑いの絶えない、面白い対談になりました。西郷さん、ありがとうございました。

夕方、精華町の町議補選に立候補を決意された加藤けんじさんが、府委員会にこられたので、握手の写真をパチリ。

夜は、「大河原としたかを勝たせる弁護士サポーターズ」の企画vol1で、立命館大学の小松浩教授の講演へ。ここでは、小松教授とのミニ対談。最後は、小松教授からも、是非参議院へ行って下さいと、ちから強いエールをいただきました。ご参加いただいた皆さんありがとうございました。

(スタッフ)

 

大河原としたかの憲法スピーチ

2015.10.09

10月8日

5月の連休明けから、隔週・木曜日、烏丸御池で「大河原としたかの憲法スピーチ」をしています。

国会での「安保法制=戦争法案」が、衆議院で強行可決され、参議院での審議が始まってからは、毎週木曜日に、訴えてきました。府会議員の皆さん、市会議員の皆さん、そして弁護士の皆さんらが交替で、訴えて下さいました。

国会が閉会となり、10月から、隔週の「スピーチ」になりました。

法律は、成立しました。でも、この法律は、生まれたときから憲法違反。こんな憲法違反の法律が、あること自体「あり得ない」のです。なんとしても廃止しなければなりません。そして、同時に集団的自衛権行使容認を決めた「閣議決定」を撤回も必要です。この二つを実行する政府をつくろうと、日本共産党は、呼びかけました。

この呼びかけには、たくさんの皆さんから期待と要望が寄せられています。スピーチ中でも、「頑張れ」や、「私も何度も国会議事堂前に行ってたよ。頑張りましょうね」などと励ましの言葉もいただきました。

大河原としたか、「憲法を守る」。皆さんの先頭にたって、頑張ります。

よろしくお願い致します。

(スタッフ)

 

 

 

参院選挙区(改選数2)連続勝利へ―躍進鼎談

2015.03.01

弁護士の大河原としたか(壽貴)さん(38)=新=が、16年の参院選京都選挙区(改選数2)に日本共産党から立候補を表明して候補者活動をスタートしています。第189回通常国会(6月24日閉会予定)を前に、第3次安倍政権の「暴走政治」をストップさせるたたかい、いっせい地方選、次期参院選勝利にむけた決意と展望について、井上哲士、倉林明子両参院議員と語り合いました。

(いっせい地方選、参院選勝利へ手を重ねる(右から)井上、大河原、倉林の各氏)

 

法曹から国会へ

悪法の強行決意後押し

大河原 来年の参院選に立候補を決意しました。年明けの会見にはお二人にも同席いただき、ありがとうございました。

(大河原氏)

倉林 よくぞ決意していただきました。

井上 安倍政権のもとで、憲法そのものが正面から問われるとき。立憲主義、民主主義の根本の論戦を骨太く貫ける法曹出身者の決意に大歓迎です。(拍手)

大河原 ありがとうございます。弁護士として、秘密保護法、集団的自衛権行使容認に反対し、議員要請行動に参加するなかで、安倍政権と対峙できる法曹出身の議員が必要だと感じていました。でも、まさか自分に白羽の矢が当たるとは。(笑い)

井上 日弁連が反対を表明しているのに、秘密保護法の担当大臣も集団的自衛権行使容認の与党協議の自・公の代表も全部弁護士で、法律家の顔をして憲法に反することをやっている。どうしても、まっとうな法曹出身者を増やしたいと痛感していたんです。

大河原 参院の候補にと声をかけられた時、秘密保護法が国会で強行採決された日(13年12月6日)の思いがよみがえりました。あの日、日弁連の臨時総会で東京にいたんです。

井上 その後、抗議集会にもたくさんの方が参加されていたようでした。

大河原 国会の外で多くの人が反対の声をあげる中、参院本会議で反対討論にたったのは日本共産党の仁比聡平さんだけ。京都弁護士会の抗議声明を準備すべく京都に帰り、その日の深夜の採決強行の様子を見て、怒りと悔しさが込み上げましたから。

弁護団活動経験生かし

倉林 そうでしたか。衆院は子育て世代の議員がうーんと増えました。大河原さんは、2人の息子を育てるお父さん。30代の若さに未来を感じるね。要請を受けて「どんな事件でも引き受けます」って感じでしたか。

井上 弁護団活動では、平和関係にはじまり、労働、原発、教育問題、反ヘイトスピーチなど、幅広い事件活動にかかわっていて、新春の集いなどで一緒にテーブルを回ると様々な関係の人から声がかかる。改めて頼もしいと感じました。

大河原 発表後、お会いする方々に「若い人が良く決意してくれた」と声をかけられます。いろんな分野で勉強をさせてもらった経験を生かし、おおいに頑張りたいと思います。

共産党躍進に注目

井上 総選挙は日本共産党にとって、13年の参院選に続く躍進でした。複数の他党議員から、「ブレないところが評価されたんでしょうね」と声をかけられました。「みんなの党」所属だったある議員は、「我々はブレまくって、なくなってしまった」と苦笑いしてました。(笑い)

(井上氏)

倉林 今回初当選した看護協会出身の自民党議員(比例北関東ブロック)が、あいさつに来ました。看護協会は、各政党と対等につきあう態度に変わってきていて、協会ニュースに私のあいさつ文が今年も写真付きで掲載されています。

大河原 13年の参院選で日本共産党議員が増え、議案を提案していることや、一点共闘の運動の前進など、昨年の総選挙でも支持を訴える上で力になりました。

井上 議案提案権を得た参院での取り組みで象徴的な変化は、「ブラック企業規制法案」の提出ですね。

倉林 そうそう、今度は衆院でも議案提案権を得たから、自民党の秘書が、共産党はどんな議案提案をするのかと注目していましたよ。他党の日本共産党を見る目が変わってきているのは面白いです。

「自共対決」国会へ

政党助成金廃止へ法案

大河原 衆院で21議席に増えた日本共産党が、第3次安倍自公政権と対決する通常国会が始まりますね。

井上 わが党は、さっそく、「政党助成金廃止法案」を提出します。(拍手)

大河原 総選挙の公約実現の第一歩ですね。政党助成金は憲法違反。廃止せよの世論を大きくしたいです。

決意の原点憲法を守る

大河原 総選挙後、安倍政権は暴走姿勢をいっそう強めています。集団的自衛権行使のための法整備の具体化を許さないたたかいが大事です。国政の舞台での対決を決意した1つの理由でもあるので、力を入れたいと思っています。

井上 安倍首相は、総選挙で信任を受けたとばかりに改憲に前のめりです。「戦争する国づくり」は許さない、憲法守れの国民的な世論と運動のせめぎ合いは、いっそう激しくならざるを得ません。

大河原 父方の祖母が満州引き揚げ者なのですが、子どもの頃には直接、話を聞く機会もなく、まったく戦争を知らない世代です。でも、弁護士になって、中国残留孤児やシベリアで抑留された方、被爆者から直接、お話を聞き、言葉では表現できないほど悲惨な体験、悲しくつらい思いを共有することになりました。「戦争はだめだ」と頭で理解していたことを少しでも体感でき、それが、憲法を守る運動へのよりどころになっています。

倉林 戦争の悲惨さを追体験しはったんですね。

大河原 集団的自衛権行使容認の閣議決定がされて以降、街頭宣伝での反応が変わりました。以前は「憲法が変わっても戦争にはならへんで」という人もいましたが、「戦争する国づくり」へ向かっている危機感や不安感を持つ人が増え、共感してくれているなぁと。

井上 憲法解釈の変更だけではなくて、15年度の防衛関係予算案で過去最高額の4兆9800億円を計上し、自衛隊に水陸両用車両やオスプレイの配備を狙う。武器輸出のための支援制度作りや、海外に部隊をどのように出すかも具体的に検討され、「戦争する国づくり」は新しい段階に踏み込んでいます。

倉林 安倍さんの動向は怖いと、みんなが我が身に引き寄せている感じがします。

(倉林氏)

米基地撤去共同広げて

井上 総選挙後の世論調査では、「憲法改正」に、国民の5~6割が反対と答えているのは心強いです。暴走に対峙する国民世論に依拠してたたかう日本共産党の責任の重さも痛感します。

大河原 京丹後市に配備が強行された米軍レーダー基地問題では、昨年10月と12月、現地の集会に参加しました。運用強行、米軍属による交通事故の発生など、住民の怒りや不安は増しています。地元のたたかいと連携し、撤去にむけた府民世論を高めたいです。

倉林 沖縄で新基地建設反対の一点共闘が広がったように、「基地はいらない」という闘いの発展を目指したいですね。

大河原 米軍基地というのは、日本の法制度が及ばない地域が生まれることです。地位協定はおかしいという世論も広げたい。倉林 根本的には安保条約の問題に突き当たります。その解決の道を示している日本共産党の役割を発揮して、展望をもって闘いましょう。

労働者の権利守る

雇用破壊の悪法止める

大河原 同世代や若者に非正規雇用の人が増え、低賃金、〝ブラック〟な働き方が横行しています。不当解雇撤回の事件にも多数かかわった経験から、安倍政権が進める雇用破壊の法制度改悪を食い止めたいと思っています。

倉林 非正規雇用者が2000万人を超えましたね。

大河原 現在でも残業代未払いが当たり前というひどい状況ですが、労働時間ではなく成果で賃金を支払う「ホワイトカラー・エグゼンプション」制度が導入されたら、未払い残業代の請求を裁判で争うことすらできなくなります。

倉林 安倍さんは、「世界で一番企業が活躍しやすい国」をめざすといって、それを邪魔するものは取り除くんだと強行姿勢で労働法制改悪を狙い、労働者派遣法の改正、残業代ゼロ法案を持ち出してきました。でも、成功はしていません。

ブラック規制三たび提案へ

井上 派遣法の改悪案は2度廃案に追い込みました。昨年の国会最終盤は、議員会館前に、全労連、連合など組合の立場を超えて労働者が座り込んで抗議し、「路上一点共闘」の様相でした。

倉林 道理の通らない法律です。安倍政権は国会で3分の2の力を持って暴走はするけれど、だからといって簡単に強行はできない。国民の世論と運動の力、国会内外での共同の力を実感しています。

大河原 なるほど。

井上 先に触れた「ブラック企業規制法案」提出は、審議する前から政府が動き始める画期的変化をつくりました。(笑い)〝ブラック〟企業の存在を否定していた厚労省が、若者を使い捨てにする可能性のある企業の実態調査に動き出し、対策を講じざるを得ない状態になったんですから。

倉林 国会解散で廃案になったから、再々提出しないと。

大河原 今度は審議に持ち込んで、ぜひ実現させたいですね。

(労働法制の改悪反対宣伝に参加する大河原氏)

原発再稼働阻止へ

大河原 安倍首相は、再稼働に躍起です。

倉林 川内原発の審査に見られるように、火山の噴火リスクや事故時の避難計画など課題が多く審査も遅れています。これも国会論戦と再稼働反対の世論が、簡単には再稼働できないせめぎ合いの状況をつくっています。

大河原 再稼働反対の運動の中で、審査基準に周辺自治体住民の避難計画を盛り込まないことを私たちも批判してきました。避難計画を義務付けられる関係自治体も矛盾をかかえながら対応せざるを得ない苦労をされています。

井上 重大事故が起きれば通勤できないようなところに原発を立地しておいて、避難計画を作れというのですからひどいものです。

大河原 再生可能エネルギーの買い取り制度の改悪も問題です。原発差し止め訴訟で、避難者とも交流し、政府の原発行政や事故後の対応の無責任さを知りました。安心して健康に暮らせる将来の保障、避難者への支援に責任をもつよう国に求めたいです。

いっせい、参院選勝利へ

沖縄に学び政治動かす

倉林 一致する要求で力を合わせ、安倍政権と対峙する、総選挙で示された沖縄方式に学んで「一点共闘」を発展させ、いろんな分野で政治を動かす可能性をつくりたいです。

大河原 同感です。

倉林 京都府党が呼びかけた、消費税や経済問題でのシンポジウムでは、10%への増税や円安、株高対策では景気回復はできないとの実感が語られています。初めて参加された官公需適格組合の方が、中小企業を地域経済の主役にという考えは共産党と一致できるとおっしゃったことを新鮮に受け止めました。

井上 共闘できる可能性はいろんな分野にある。積極的に新しい分野に働きかけなくてはね。

倉林 安倍暴走政治との対決で、いまほど日本共産党が注目されているときはない。そんな時にいち早く、次期参院選の予定候補を得た意味は大きいですね。

大河原 安倍首相が断言した消費税10%増税(17年4月)の前に参院選がたたかわれます。増税ストップへ責任重大です。

総選挙躍進で新たな情勢に

倉林 参院の経済産業委員会で、増税中止を主張しても他党議員の反応は薄かったのに、最終盤は「10月実施は無理」と全体の論調が変わったんです。政治を動かしてるのは安倍さんでも国会でもない、国民世論の力です。

井上 「責任」というよりも「やり甲斐」を感じて、たたかいを進めましょう。(笑い)

倉林 私が参院の候補者として決意した時(12年)は、「2議席で取れるはずもない」と言われ、どうやって機運を高めていこうか悩んだものです。今度は違う。総選挙での躍進が開いた新たな状況をいっせい地方選での躍進につなげ、「日本の夜明けは京都から」の土台となる大きな流れを作り出すときです。

井上 京都から倉林さんを当選させたからこそ11人(参院)になって議案提案権も勝ち取った。2人区で勝つのは質的に違う重みがあります。1986年以来の参院選連続勝利に挑戦する我々の責任は大きいよね。

倉林 〝やり甲斐がある〟じゃないですか。(笑い)

大河原 目前に迫った、いっせい地方選で一人でも多くの共産党議員を送り出すために力を尽くし、参院選に挑みたいと思います。ご支援よろしくお願いします。

(「京都民報」2015年1月25日、2月1日より転載)

2016年参議院議員通常選挙 立候補にあたって

2015.01.06

2015年1月6日、記者会見を開き、2016年の参議院選挙に立候補を表明しました。


左から井上さとし参院議員、倉林明子参院議員、大河原、渡辺和俊京都府委員長

私、大河原としたかは、この度、2016年7月に実施される予定の参議院議員通常選挙に京都選挙区から日本共産党公認候補として立候補することを決意いたしました。
立候補を決意するに至った経緯について簡単に述べさせていただきます。

私は、2002年10月に京都弁護士会に入会して弁護士登録し、以来12年間にわたって、京都において弁護士として活動して参りました。
これまでの12年間の弁護士生活を振り返ってみたときに、一つの大きな部分を占めているのが、働く人の権利を巡る弁護活動です。不当解雇された労働者の弁護活動や、未払い賃金や未払い残業代の支払いを求める弁護活動などに日常的に取り組んできました。また、教職員の長時間過密労働の解消を求める裁判や、2008年のリーマンショック後に派遣切りされた派遣労働者の裁判、そして、最近は、労働基準法や最低賃金法すら守られていないブラック企業で働く労働者の弁護活動など、時代に応じた弁護活動にも取り組んできました。そして、現在は、建築作業従事者のアスベスト被害救済のための裁判にも中心的に取り組んでいます。
労働者の権利を巡っては、昨年、通常国会と臨時国会の2度にわたって労働者派遣法の大改悪案が提案されましたが、いずれも廃案に追い込まれました。労働者派遣法改悪案については、再度提案されることが目論まれています。また、今年の年頭には「残業代ゼロ法案」についての報道もなされています。これまで、違法な働かせ方や脱法的な働かせ方について、私たち労働弁護士は、その弁護活動の中で法律違反を指摘し、裁判の中で被害回復、被害救済を実現させてきました。今般の労働法制の改悪は、そのような違法な働かせ方、脱法的な働かせ方を追認することになるものであって、決して許されないと考えています。このような労働法制の改悪をストップさせるためにも、政治の舞台に立って安倍政権の暴走と対決しなければならないと考えました。

また、私は、経済的貧困や社会的弱者を巡る弁護活動にも数多く取り組んできました。私が弁護士登録した2002年ころは、全国的にも自己破産件数がピークとなった時期で、生活のためにいわゆるサラ金から借金を重ね、金利の支払いのためにさらに借り入れをするという悪循環に陥り、自己破産せざるを得なかった方が後を絶ちませんでした。私もまた、弁護士登録した直後から多重債務者の自己破産や再生、債務整理などに取り組んできました。また、このころは、違法なヤミ金による被害も頻発しており、ヤミ金に対応するために、1日に何十件ものヤミ金に電話し続けたこともありました。それ以外にも、生活保護申請に関する取り組みや、C型肝炎やイレッサなどの薬害被害者、ドメスティックバイオレンス(DV)、ヘイトスピーチなどの被害者を巡る弁護活動にも取り組んできました。
この点についても、決して政治とは無関係ではなく、この間の社会保障改悪や税制改悪で、庶民の負担は増加する一方となり、それが生活苦の大きな原因の一つとなっています。また、生活保護基準の改悪も行われており、本来、憲法25条で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」が切り下げられることで、様々な福祉施策の切り下げが進められようとしています。そして、安倍政権は、2017年4月には消費税を10%に引き上げようとしています。非正規雇用が拡大し、家計収入が減少している中で、消費税が10%に引き上げられることになれば、庶民の生活が立ち行かなくなることは目に見えています。先の総選挙では消費税増税の先送りが問題となりましたが、景気条項が削除され、再度の先送りはないと言われています。もう一度解散総選挙がない限り、消費税増税までの間に行われる国政選挙は2016年の参議院選挙だけとなります。消費税増税をはじめとする税制・社会保障制度における庶民の負担増を中止させ、生活保護基準の切り下げや社会福祉切り捨てを中止させるため、安倍政権と対決しなければならないと考えました。

そして、私の12年間の弁護士生活の中で大きな部分を占めるもう一つのものとしては、戦争と平和・憲法を巡る弁護活動や取り組みが挙げられます。今年は戦後70年になりますが、私はこれまで、中国残留孤児の方々の国家賠償訴訟、広島・長崎での被爆者による原爆症認定集団訴訟、シベリアに抑留された方々の国家賠償訴訟など、70年前の戦争に関わる裁判に取り組んできました。私自身はもちろん戦争経験はなく、私の両親も戦後生まれの世代ですが、それらの裁判の弁護活動の中で、戦争経験をされた方から、多くの戦争体験を直接お聞きする機会を得ることができました。多くの戦争体験に触れることができたことは、私にとっては貴重な機会であり、戦争は許されないとの思いを強くしました。
2003年に起こったイラク戦争の際には、京都でも多数の市民が参加してピースウォークが行われ、その後、自衛隊がイラクに派遣されたときには、イラク派兵差し止め訴訟が取り組まれ、私も弁護団の一員として参加しました。そこでは、市民の皆さんの平和を求める思いの強さ、大きさを実感することができました。
これに対して、自民党は、憲法改正草案を発表し、憲法9条や憲法96条を変えようとしています。また、安倍政権は、2013年12月に秘密保護法の成立を強行し、秘密保護法は昨年12月に施行されました。さらに、昨年7月には集団的自衛権行使容認の閣議決定を行い、これから、集団的自衛権を行使するための法整備に取り組むことを目論んでいます。特に、秘密保護法については、私自身、2013年度の京都弁護士会副会長として、弁護士会を挙げて秘密保護法の成立阻止に向けて取り組んできました。このような安倍政権の憲法を無視した暴走に歯止めをかけなければならない、そのためにも政治の舞台で安倍政権と対決しなければならないと考えました。

私は、12年間弁護士として活動してきた中で、多くの裁判を通じて、個別の被害回復や被害救済を実現してきました。他方で、中国残留孤児訴訟や原爆症認定訴訟、薬害C型肝炎訴訟などでは、厚生労働省と交渉し、また、それぞれの問題について国会内で議員連盟をつくっていただくなどして、制度や基準を変え、また、新たに制度を創設し、裁判に立ち上がった被害者だけではなく、全体の被害救済や被害回復を図る取り組みも目の当たりにしてきました。一つ一つの裁判、一人一人の依頼者の力は大きいものだと実感していますが、それと同時に、政治や行政による全体的な解決の力もまた大きいと実感しています。
他方で、労働法制のところでも述べたように、これまで、違法な働かせ方を裁判でもって追及し、救済してきましたが、労働法制の改悪がなされれば、違法な働かせ方が追認されることになってしまいます。追認されれば裁判で救済することも難しくなります。政治が悪い方向に動くことになれば、救済されるべきものすら救済されなくなるのです。

今、安倍政権による政治が、財界のみに目を向けるもので、市民の生活には全く目を向けないものであることがあらわになっています。派遣労働をはじめとする非正規雇用を拡大するための労働法制の改悪、消費税増税や社会保障改悪といった市民への負担増、生活保護基準の切り下げや社会保障の切り捨て、原発の再稼働など、あらゆる分野で市民の生活、市民の安心安全を全く無視したものとなっています。
また、憲法を無視し、平和を脅かす安倍政権の政治姿勢も明らかになっています。秘密保護法の制定、施行や、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定と今後の法整備、憲法9条の改変が目論まれています。京都府内を見ても、京丹後市に新たに米軍のレーダー基地が設置され、周辺諸国との平和構築を困難にしていると言わざるを得ません。そして、その背景には、安倍政権が、従軍慰安婦問題など過去の戦争の歴史から目を背けていることや、排他的な考え方を持っている団体などと親和的な態度を取ることで、差別や偏見を助長することとなっていることも指摘しなければなりません。
私、大河原としたかは、法律家の一人として、安倍政権の政治と厳しく対峙し、働くものの権利、市民の生活、そして憲法を守るために参議院議院通常選挙に立候補することを決意しました。

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