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活動ブログ

最高裁判所の思い出

2016.03.03

先日、最高裁判所は、認知症患者が列車にひかれた事故について、鉄道会社から患者家族に対して損害賠償が請求された事件で、家族の状況も踏まえた上で、鉄道会社からの請求を棄却しました。
最高裁判決が出ればもちろんニュースになるわけですが、実は、弁護士をしていても、最高裁判所に行くことや、最高裁が自ら判断した判決をもらうことはほとんどありません。

というのは、民事訴訟法312条、318条で、憲法違反、憲法解釈の誤り、最高裁判例違反、法令解釈に関する重要な事項を含む場合など、そもそも最高裁が事件を取り扱う場合というのが極めて限定されているためです。これに当てはまらない場合は、最高裁から上告棄却・上告を受理しないという決定(三行半などと言われます)が返ってくるだけで終わります。

さらに、最高裁判所で弁論(法廷)が開かれる場合というのは、その前提となる高裁判決が覆されるケースがほとんどですので、最高裁判所で弁論する機会というのは弁護士をしていてもほとんどないのです。
逆に言うと、最高裁が弁論を開くということは、それは事実上、高裁判決を覆すことを意味します。ですので、高裁で勝訴(敗訴)している事件で、最高裁が弁論を開くという通知が来るということは逆転敗訴(勝訴)ほぼ確定ということを意味しています。
例外は、高裁段階で判断が分かれており、原告と被告双方からの上告を受理しているケースです。最近では、泉南アスベスト最高裁判決がそうでした。大阪府の泉南地域のアスベスト工場で働いていた労働者がアスベスト粉じんを吸って受けた被害の賠償を求めた事件でしたが、同じ大阪高裁で、第一次訴訟(原告敗訴)と第二次訴訟(原告勝訴)で結論が分かれました。原告と被告国が双方上告し、最高裁は双方の上告を受理して弁論を開いたため、最後まで結論が分かりませんでした。最終的には原告勝訴となりましたが、建設アスベスト訴訟にも影響する判決だっただけに、弁護団員ではなかった私もドキドキしながら最高裁判決の日を迎えました。

さて、私の13年あまりの弁護士生活の中で、一度だけ、最高裁で弁論したことがあります。京都市の小中学校教員の皆さんが超過勤務の是正を求めて裁判を起こした事件です。
この事件は、京都地裁、大阪高裁と続けて一部勝訴していたので、最高裁から私宛に電話があって、「京都市(相手方)からの上告を受理して弁論を開く」と言われた瞬間、文字通りガックリしたことをよく覚えています。
そうは言っても、まだ判決が出たわけではありませんので、最善を尽くして、一部勝訴したうちの一部でも勝ち取ろうと最高裁弁論に向けて弁護団会議を連日開いたりもしました。

最高裁での弁論を迎えるにあたっては、その持ち方をめぐっても一悶着ありました。
まず、最高裁から、法廷内(傍聴席は別)に入れる代理人は5人までと言われました。弁護団は7人いたので、7人とも弁論しますので法廷内に入れるように、とやりとりして、本来5席しかないところに控え用の椅子を2つ入れさせて、7人入れるようにしました。
次に、最高裁から、裏門から入るようにと言われました。わざわざ立派な正門を設けてんのに、なんで裏から入らなあかんのや、と言ったところ、代理人弁護士については正門から入ってよいことになりました。原告や支援の傍聴者も含めて正門から入れるように言ったのですが、それは認められませんでした。そのとき、修習生も1人一緒に来ていたのですが、その修習生は、正門から入った後、裏門から入った傍聴の方が通っている金属探知機を通らされていました。

そうこうして、2011年6月21日、最高裁での弁論を迎えることとなりました。
初めて入った最高裁の小法廷(第三小法廷)でしたが、いつもの法廷(地裁・高裁)よりも裁判官の席がずいぶん高いところにあるなあ、というのが真っ先に思ったことでした。弁論自体は1時間弱ほどで、あっという間に終わってしまいました。

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