参院選 京都選挙区候補 日本共産党

大河原としたか物語

⑦雪の山形から自由な京大へ

高校時代、真冬の朝6時すぎ。自宅前は1㍍超の積雪。学生服の上にスキーウェアを着て雪かきです。スコップを差し込むと湿気の多い雪がずしり。

「寒ぃな。今日の雪は重めぇ」

午前6時50分の汽車に乗り込み、米沢市の米沢興譲館高校へ。早く着いて自習するため、早足で向かいます。

「おはよう、ガッツ」

「おはよう」―部活のホッケー部でのあだ名は「ガッツ」。相手選手に食らいつく様子から名付けられました。

「おめぇ、進路どうすんだ?」

「東北大は行けそうだし、もっと上目指そうかな」

「そっか。多分、おめぇは東大で官僚になっでも、日本のためにならねぇよ」―友人の一言が頭に残りました。

「じゃあ京大かな」。京都から500㌔以上離れた山形の進学校では「京大は変わった学校らしい」「教授が窓からレポートを投げて採点する」…真偽不明の噂がありました。「自由で、面白そう」。目標が決まりました。

200年以上の歴史を持つ同高は、文武両道、「興譲の精神」(①自他の生命を尊重する精神②己を磨き、誠を尽くす精神③世のために尽くす精神)を掲げたエリート校。進学へのプレッシャーが常にありました。部活後も駅や教室で自習し、深夜1時すぎまで猛勉強。休日は、自宅近くの「遅筆堂文庫」()で自習しました。

通学で利用したJR米坂線

井上ひさしさんが残した遅筆堂文庫。高校時代、ここで受験勉強しました

※遅筆堂で学んだこと「喜んだと思います」

川西町出身の作家・井上ひさしさん(2010年没、享年75)が蔵書7万冊を同町に寄贈することになり、87年に開設。図書館のほか、717席を持つ劇場があり、文化イベントなどを毎年開催しています。

井上さんは生前、公然と日本共産党を応援しました。妻・ユリさんは「自分の知の源である本を故郷の若い人に託したいと『遅筆堂文庫』を建てました。ここで学んだ大河原さんを知ったら、すごく喜んでくれたと思います」と語ります。

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