参院選 京都選挙区候補 日本共産党

大河原としたか物語

⑫弁護士としての一歩を踏み出す

 修習生時代は、青年法律家協会(青法協*)の第55期司法修習生部会に入って活躍。京都での実務修習が予定されていたところ、修習生対象の全国学習交流会を京都でと打診されました。書面や論文作成など研修課題で毎日精一杯、しかも〝全国規模なら首都圏やろ〟と動揺する同期生を尻目に「いいよ」と承諾したという逸話も。集会実行委員会事務局長を務め、学習テーマの設定、宿泊先の手配や受け入れ準備に奔走しました。
 02年1月、京都で初開催の集会に130人が参加。数年前まで5、60人規模だった集会は、修習生の1割を超える参加で大盛況のうちに幕を閉じました。以降、京都での開催が恒例となり「7月集会」の名称で今に引き継がれています。
 「集会の道をつけた立役者は大河原くん」と言うのは、同期青法協修習生部会で代表を務めた大前治弁護士(大阪京橋法律事務所)。裁判所内で研修の際も、人目を気にせず部会ニュースを配り、学習会に誘う姿に、「ひょうひょうとした風貌で、肩の力の抜けたところに無敵の強みがあった」と評します。続けて「政治や憲法の話題では、熱い眼差しで語る姿が印象深い」
 1年半の修習を経て02年10月、京都第一法律事務所に入所し弁護士としての一歩を踏み出します。時は小泉政権。米国のイラク戦争への自衛隊派遣、中国残留孤児や原爆症認定など日本の戦後補償問題がクローズアップされ、戦争と平和、憲法9条を守る運動が高揚するなかでした。

*青法協:憲法を擁護し、平和と民主主義、基本的人権を守ることを目的として1954年に設立された法律家の団体。

京都を開催地に引き継がれる「7月集会」=13年7月

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